たかひろが考えて、考えて、考える!

青山繁晴さんの独立講演会で出会った方々に心を動かされて始めたブログです。 みんなで青山さんと一緒に考えて、考えて、考えましょう!

変な夢

久しぶりにゆっくり寝られた土曜日。夢なんて久しぶり。

 

 級友のGくん。彼は俗にいう「変態」である。
そちらの世界の魅力を普段から熱く語る彼が、久方ぶりに見た夢に出没した。
自宅近くの河原に似ていて、しかし不思議な色合いの草原で彼と話している。
どうにも、彼は婚約したそうだ。
小説にでもなりそうな純粋な出会いの過程を踏んだ美人のお相手と婚約したことになっている。
ぼくは彼からそのときに何故か預かった婚約相手へのプレゼントをなくしてしまう。
彼と必死に探してみるが見つからない。
彼は「気にしなくていいよ。諦めよう」と言ってくれるが、ぼくはもう少し探させてくれと言って探していた。
すると突如現れた婚約相手に彼が別れを告げられてしまう。
「ごめんなさい」の言葉と共に去っていく婚約相手。言葉も出ない彼。それを呆然と見るしかないぼく。
 久しぶりに夢を見たと思うと、その不思議な展開に、これも呆然とするしかない。
このことを彼に話すと、少し落ち込んだ後、
「まぁ、俺の人生にも出会いはあるということやな。よかったよかった。」
と笑って聞いてくれた。
いいヤツである。

f:id:takahiro1108a:20180330111104j:plain

 

止まっていたら死んでしまう

 マグロは泳ぐのをやめると死んでしまうそうですが、受験勉強なんてものをしていなければぼくも壊れていただろうと最近思います。

いえ、勉強なんかよりよっぽど苦しい別のものの方が多い。

でも、例えばそこで学校に行くのをやめてしまったり、あるいは嫌なことから逃避していれば、とうに自分は崩壊していただろうと思うのです。

悩みから逃れるには⋯とよく言うけれど、逃れる方法なんてなくて、誤魔化す方法に目の前のことに一生懸命になるということがあるだけなのかもしれません。

そうしているうちに上手い方法も見つかるかもしれません。

それは今ならば受験勉強かもしれないし、社会に出ればもっともっと重いものに立ち向かうのでしょう。

することがないよりは、忙しさのなかにあった方が楽に生きられる。

 嫌なこと全てから逃れられた人生って、一番苦しいのかもしれません。

楽しい事と対照になるのものがあるから、そもそもそれを「楽しい」と感じるのではないか。つまり、「死ぬ」があるから「生きる」があるのと同様に「苦しい」「辛い」があるから「楽しい」があるのではないか。数が正の数しかないなら「-」を数字の前に書く必要もない。

そんなことでも考えていないと自分が持ちません。

f:id:takahiro1108a:20180603030100j:plain

余裕

 余裕がないから本来の自分が現れるのか。

余力があるから本来の自分を発揮できるのか。

 

追い込まれることでわかる「自分」も沢山あります。

中間

 ただいま中間試験真っただ中です。

推薦入試を使うことになるかもしれないので、この一学期の間は定期試験にも手は抜けません。

f:id:takahiro1108a:20180330111225j:plain

 

逆に

よって点Pは楕円(x-2)²/4+y²/12=1上にある

逆に楕円上のすべての点は条件を満たす

 

 どうしても、この「逆に」の使い方に違和感を感じてしまいます。

そこから、「日常会話で「逆に」をおかしな用法で使ってしまうことって多いよな~」と考え始めてしまいます。

さらに、自分の普段の語彙力の崩壊に危惧を感じ始めます。

せっかくの豊かな日本語を使いこなせる大人にならねばと、迫られるように感じた瞬間がありました。

f:id:takahiro1108a:20180330111325j:plain

 

ASUS

 ASUSTeK Computerという台湾の会社があります。

ぼくの使っているパソコンもこのメーカーのものです。

東日本大震災後にこのメーカーが出荷したパソコンの中にはこんな文字が刻印されていたそうです。

「GOD BLESS JAPAN」

日本に神のご加護を。

f:id:takahiro1108a:20180429122312j:plain

パソコンの中の部品ですから、分解しない限りは見えないところにこんな刻印が施されいていたのです。

しかもASUSは会社としてこのことを把握していなかったとか。

つまり、現場のエンジニア達の独断でこの文字が入れられたのです。

そして、会社の上の方々も黙認しているということです。

本当の人を想う心ってこういうものなのかもしれません。

時間ってなんやねん

 時間というのは、期待するほど多くもなく、恐れるほど少なくもないのではないでしょうか。

 現代文の問題集に、時間は本来は流れ続けるものでしかないが、人間は暦や時刻を生み出すによって時間を重ねていくものにするようになったというような内容がありました。

その最たるものが睡眠であって、睡眠によって時間は流れると同時に重ねていくものになったというようなことも書いてありました。

趣味をするのは頭を空白にするため、というよりは仕事や勉強を頭から追い出すためにであって、なにをするかに大きな意味はない。その時間をつくる事によって時間を重なるものにできる。だが、それが現代人には欠けているのではないかという指摘もなされていました。

 時間に区切りをつけていくことは、人間の成した最大の発明なのかもしれません。

 

 先週末に、高校は分かれてしまったけれど今でも仲のいい友人と一緒に勉強をするためになんとか時間をつくりました。

すると前日の夜に突然連絡が入り、

「いっしょに英語するか、放浪のサイクリングにいくか選びたまえ」

とのこと。

即答で後者を選び、彼の部活が終わった後、10時頃に加古川を出ました。

目的地もなく「8時に帰れるように神戸方面に行けるところまで行ってみる」という漠然とした目標を掲げて出発しました。

終始、真剣なことから本当にどうでもよいことまで話が尽きません。

適当に選んで入ったパン屋さんの破格に驚愕して、それを大蔵海岸で明石海峡を眺めながら食べてみるのです。これがめちゃくちゃに美味しくて、おまけに快晴の中で霞んでいる海峡が本当に美しくて気持ちがよい。興味半分で入ってみた不思議なお店でのおばさんとのやりとりや、地獄の坂道を抜けた先を急降下する気持ちよさ、帰りに力尽きかけながら入ったお店で食べた夕食のおいしさ。

目標の三宮までは行けず、長田までしかいけませんでしたが、普通のママチャリで、食べ物代だけ鞄に入れて出かける旅がここまで中身の濃い経験になるとは思いもしませんでした。

それだけで一生の思い出に残る体験は作れるのですね。勉強ばかりの毎日も楽しいけれど、それに換算すると何日分であろうかという一日でした。

 

 さて、今日、いや、もう日付も変わっていますが、土曜日は朝夜はゆっくりしてチャージしました。戦略的休憩です。

かなりハードな毎日でブログもなかなか更新できませんでしたが、元気です。

今から寝て、明日からもとの日々に戻ります。恐ろしく時間の流れの速い毎日に。

f:id:takahiro1108a:20180429014442j:plain