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たかひろが考えて、考えて、考える!

青山繁晴さんの独立講演会で出会った方々に心を動かされて始めたブログです。 みんなで青山さんと一緒に考えて、考えて、考えましょう!

シベリアからの音色 その2

シベリア抑留

シベリアからの音色 その2

田中さんは、自分にとっての音楽とは何かを丁寧にお話しくださいました。
音楽は友人であり、恋人だと仰います。

田中さんは、抑留中に出会った、ドイツベルリンフィルハーモニー出身の捕虜だったドイツ人の演奏に感動させられ、彼にアコーディオンを学び始めました。

このお話しを伺ったとき、あの過酷な収容所生活で音楽の自由があったのかな?という以前からの疑問を田中さんに質問してみると、その答えは簡単でした。
音楽の自由はあった。
ただし、ソ連の音楽に限る。
当時のソ連軍は、音楽はむしろ積極的にやれ、という命令を下していたそうです。
ソ連文化を植え付けていくというのも重要な任務であったのだと思います。

田中さんは、列車から枕木を降ろす作業中の怪我が原因となり、凍傷で二本の指の一部を失ってらっしゃいますが、それでも独自の奏法の考案と努力の末に九十歳を超えられた現在でも素晴らしい演奏をぼくたちに聞かせてくださいます。
アコーディオンは楽器の中でもかなり難しい部類の楽器だそうで、右手でボタン、左手で鍵盤、そこにあの左右に蛇腹を伸び縮みさせる不思議な動きを付けなければなりません。
田中さんの場合、そこに歌が入ります。
これは相当の経験が必要だそうで、アコーディオンの弾き歌いができる方はほとんどいらっしゃらないそうです。
その演奏を九十一歳でできるのは、あの厳しい強制労働の中にも、なんとか生きがいを見出そうとして生きてこられた田中さんだからでしょう。
辛い中でも、絶望することなく、わずかな希望を探して生きてゆくことがどれほど大切なのかを、言葉ではなく、その歌から教えてくださいました。

田中さんのお言葉で
「私の音楽は上手く弾くんじゃないんだよ。
シベリアで失った戦友のためにも、ありのままの心の声を届けるから。
音楽で世のため人のため、少しでも自分が役に立てるようにやっているから、ただ綺麗な演奏ができても仕方がない。」
と仰いました。


何をするのも自分のためではなく人のため。

これが、ぼくらの生きる道ですね。