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たかひろが考えて、考えて、考える!

青山繁晴さんの独立講演会で出会った方々に心を動かされて始めたブログです。 みんなで青山さんと一緒に考えて、考えて、考えましょう!

東京 靖国神社編

 22日の秋分の日に、IDC新規会員限定のIDC集会に参加しました。

当日の予定は剛一さんがお忙しい中すべて組んでくださり、ぼくは特に準備することなく東京に行くだけの状態にしてくださいました。

朝5時に出発、6時に西明石発の新幹線に乗っていきました。

到着は8時53分。

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朝の冷たく湿った空気の感じられる風景は、日本らしくて大好きです。

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名古屋辺りから天気が心配になってきました。

しばらく進むと雲の切れ間見えてきたのですが、横浜に着く少し前あたりから雨が強まっていきます。

嫌な予感は的中し、東京に着くと土砂降りです。

 不安ながらに到着です。

東京駅で降りると、剛一さんと待ち合わせの場所へ向かいますが、南乗り換え口という場所に行くのに右往左往。

さすがは東京です。改札ひとつ探すにも一苦労です。

池田さんを見習って駅員さんに聞きますと、丁寧に教えていただけました。

剛一さんと無事合流でき、行動の大まかな流れを教えていただきながら地下鉄の東西線に向かいます。

東京駅は歩いても歩いても続きます。まるで地下要塞。

青山さんが地下空間を生かしてシェルター機能を持たせるだけで十分抑止力になると仰っているのもよくわかりました。

ここまで広大な地下空間を日本は持っているのですから、これを使わない手はありませんね。

 そして、地下鉄で向かったのは、眠い眠いなか、朝早く出てきた理由の場所です。

地下鉄を上がると、、

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大豪雨です。

歩道が川になっていました。

そして、この写真で皆さんはお気づきですね。

早起きの理由は靖国神社に参拝するためです。

 剛一さんはこの後、傘を忘れたぼくのために、近くのコンビニに走っていって、ビニール傘を買ってきてくださいました。

本当に優しい日本男子です。

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剛一さんが各所で写真を撮ってくださいました。

 青山さんが仰られる通り、近づいていくだけで空気が他の場所と違うのがわかりました。

今まで感じたことのないものが流れる場所でした。

 

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すべての英霊に日本を守ってきてくださった感謝を捧げ、ぼくらがこれからの日本を支えていきますと心の中で申し上げました。

剛一さんに教えていただきましたが、正式な申請をしないと昇殿参拝が出来なくなっている理由が失礼な行為をする方がいるからだというのは悲しいですね。

それにしても、この大雨でも常に人が参拝にいらっしゃるというのは嬉しいことです。

特に外国の方が慣れないながらにも日本人の方の作法を見よう見まねでお祈りされている姿は印象的でした。

白人のおそらく家族でいらっしゃっている方と、韓国人の中年のご夫婦がいらっしゃっていました。

どの国であろうと、祖国のために戦い、命を捧げられた方に敬意を持ってお祈りするのは当然のことです。

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向かって右側には日本らしく日本軍とともに戦われた動物たちも祀られています。

そして、その右側には遊就館があります。

こんなすぐ隣に遊就館があるのには驚きました。

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海防艦顕彰碑。

一番撃沈された数の多い、主に日本沿岸の警備や輸送船の護衛をした艦です。

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パール判事のお写真の碑もありました。

剛一さんが、東京裁判の判事で国際法の専門家はパールさんだけであったことを教えてくださいました。

イギリスの植民地であったインドから冷静な意見をくださる方がいらっしゃったことを忘れずに、日本を変えていきたいですね。

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 そして、遊就館の無料の展示スペースに入って行きます。

実物の零戦を見るのは初めてでしたが、その迫力にびっくりです。

零戦は小型かつ軽量だから「戦争初期に活躍した」戦闘機だそうですが、たしかに小さくも感じます。

感じますが、その小さな機体から感じられる零戦の迫力は何とも言えない重さでした。

ぼくらの先輩はこの機に乗って、初めは中国大陸で敵なしの戦い、アメリカとの戦争が始まっても世界最強の戦闘機に世界最強の戦闘機乗りが載ったゼロファイターが各国のパイロットから恐れられました。

その失敗に学んだアメリカが鹵獲した零戦も含めた研究を重ね、弱点を狙った戦法に変えた途端に日本軍パイロットは苦戦を強いられます。

パイロットを守る装備がないという弱点を狙われ、徹底した一撃離脱によって一流のパイロットが撃ち殺されていきました。

大戦末期には、熟練のパイロットの多くは失われ、頭のいい学生が即席でパイロットの訓練を受け、しかもその訓練もただただ急降下のみで空戦の訓練はない。

育てられる時から、特攻に出撃することは決められていました。

IDC集会で青山さんが仰っていましたが、軽いから強かった零戦に重くはない爆弾を吊り下げて残り少ないパイロットも戦闘機も失う作戦が果たして良い作戦といえるのか。

青山さんと遊就館側で意見が一致するのは、英霊は決して無駄死にしたのではなく、ひとりひとりの死が今日の日本の礎となり、ぼくら自身に繋がっているという事。

違うのは、負けた理由を語るか語らないか。

アメリカは日本に負け続けた理由を研究し尽くしたために勝ちました。

それが、今も日本では侵略か否かの無駄な議論が延々と繰り返されています。

これこそが日本が負けた理由ではないでしょうか。

戦前から続く日本の弱点を、ぼくらの世代では解決したいです。

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f:id:takahiro1108a:20160925024627j:plain本当に美しい飛行機ですね。

これとともに多くの若いぼくらの先輩の身体が吹き飛んでいったのかと思うと感じるものがありました。

 この後、展示をぐるっと回りましたが、ものすごい展示量で、とても時間内には見きれませんでした。

ただ、剛一さんのオーストラリアの戦争記念館での経験を交えたお話を聞くと、まだまだ不十分だと感じるところもありました。

やはり、国立の戦争記念館がないというのは大きな問題です。

これもぼくらがなんとかせねばならない問題ですね。

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見学がひと通り終わると、館内のレストランで海軍カレーを頂きました。

野菜たっぷり、味もさっぱりでとてもおいしかったです。

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最後に記念に一枚撮っていただきました。

写真を見て改めて思いましたが、細すぎますね。

剛一さんや青山さんを見習って「鍛えんとあかんなぁ」、と思いました。。

 靖国神社では、英霊を感じられました。

ぼくも頑張らないと。