母
ぼくが夕飯を食べるのを見届けると、母は倒れるように寝てしまいました。
毎日欠かすことなくお弁当を持たせて、父、ぼく、弟の三人を送り出してくれます。
高校一年生の弟が厳しい運動部に入ってからは休日も早くから準備する音が聞こえます。
詳しくは知りませんが、毎日仕事に走り回っています。
思えば、ぼくに残る一番古い記憶の中の母も仕事人です。
取引先に向かう車中で話しているぼくと母。
すぐに携帯が鳴って会話は途切れます。
幼いぼくにとって、携帯電話は母との時間を奪う魔物であり、不幸製造機でした。
携帯によって仕事の世界に引きずり込まれた母はいつも作り声で、ややこしそうな話ばかりして、電話を閉じるとため息ですから、当時のぼくにも母がストレスでいっぱいなのはわかりました。母の携帯はずっと鳴っていました。そんな毎日でした。
そんな母を見ているのが辛かったです。
その頃の、いつも追い詰められているように見えた母と比べると、今の母は本当に明るくなりました。
大変そうだけれど、前を向いて頑張っている気がします。
疲れているようなのでちょっとでも楽になるかと皿洗いを済ませて、台所の整理をしていると、ふと思うのです。
何ヶ月後かのぼくは、ちょっと気づいて「洗い物くらいしとくかー」、なんてこともできないない日常を生きているんだなと。
受験の結果がどうであっても、今の志望校は全て家から通えません。
生まれてからずっとこの家で、この土地で育ちました。それが当たり前にあるものだったのに、間もなくその環境を出ていくのだと実感する瞬間が不意にあります。
毎日があっという間に流れていくけれど、この時間を大切にしたいです。
ふと寂しがる母の顔で思い出したことがいくつかあったのでした。